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poco a poco

すこしずつ、頑張ろうってことです。

あのきらいのうた

好きなものを好きっていうのはよいことだけど、嫌いなものを嫌いって言ってもいいじゃんと思う。にんげんとして。

 

人間関係の話で言うと、「あの人ってああいうところあるよね」「わかる」みたいな会話をするのがわりと好きだ。別に悪口を言いたいとかではなく、悪口にはならないような域でやっているつもりだけれど、噂話ってやっぱりどこか楽しいなあと思ってしまったりする。一歩間違えたら悪口みたいに聞こえてしまうような会話をするときもあるかもしれない。でも、だからと言って抑制するのはあんまり好きじゃない。

悪口はよくないけど、一概に「よくない」で片づけてしまうのもどうなのだろうかと思う。いじめとかもそうだけど、「いじめについてどう思いますか」と聞かれたときに「よくないと思うのでしちゃいけないことだと思います」みたいな、「いじめは悪、それが当たり前」ってのが刷り込まれてる脳だけでその答えを導き出してますって感じの無難でよい回答があんまり好きではない。そういう、「こうだからこう」に従って考えても本当にそう考えているのか?と思ってしまうし、ある程度の柔軟さをもって「なぜだめなのか」を検討したうえで答えを出すべきなんじゃないかと思う。悪口についても、理不尽な内容とか、あからさまに本人に聞こえて傷つくようなシチュエーションで言っている悪口とかそういうのはさすがにダメだと思うけど、聞こえないところで、ちょっとした会話のネタ程度に噂話するのまでダメ!っては思い過ぎたくないというか。

 

別に悪口を正当化したいというわけではなく、好きって気持ちも嫌いって気持ちも結局同じ心の動きだし、合う・合わないの個性なわけだから、好きをおおっぴらにするのはOKだけど嫌いをおおっぴらにするのはNGって思っちゃうのはどうかなと思ったりする。むしろ嫌いって思うことに素直にならないで好きって思うことばかり表に出して善い人間であろうとするのも、なんか違う気がする。私個人の考えとしては嫌いって感情にもある程度は素直にいれることが一番善いことであるような気がする。醜い部分も包み隠さないというか。

 

でもやっぱり理不尽に人を傷つけたりはだめだと思うのでそれをしない範囲での話。ある程度嫌い、好きじゃない、合わないって言ったり思ったりしても大丈夫そうな範囲では、そういう気持ちに素直になるのも必要なんじゃないかなっていう。

 

ちなみに私は、みた映画とか漫画とかまあなんでもいいけど気に入らないものがあったらすぐレビューとかで低評価のものを探して「ほんまそれな」って思いながら見てます。実際そう思うために、というか同じように思ってる人を見つけて安心するために探しちゃう。しかも世間的には高評価のものほど、嬉しくなるし勝手に図に乗っちゃう。

 

まあ人それぞれ合う合わないってのはあるしどれが正解とかないけどな。

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