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poco a poco

すこしずつ、頑張ろうってことです。

おえかきの話

大学生協の書店でマイナビの自己分析本を買った。6月にもなれば、インターンシップやら何やらについて動き始める時期。シュウカツについてぼちぼち考えるようになってきた。何が好きとか何をやりたいとか、そういうことを考えようとするとボンヤリと浮かんでくるものはある。でもこれからはそれだけではなく、なんでそれを好きなんだろう?とかなんでそれをやりたいのか?、そして漠然と方向性はあるけれどその方向性のうちで何がやりたいのか?といったことについて、答えを探して、用意する必要があるのだろうなと思う。

なので、自分の好きなことをひとつ挙げ、それについて書いてみようと思った。今日は絵を描くことについてつらつらと、書いてみたい。

 

絵に関する古い記憶といえば、私の通っていた保育園では定期的に絵の先生がやってきたりしていて、絵を描いていた。ザクロの絵を描いたことがある気がする。それと、父の絵、母の絵コンクールみたいなもの(どのくらいの規模かは知らない)で入選したことがある。そして天神のどこかで展示されたのを見に行った。主観的なもので信ぴょう性は定かではないが、まだ妹が生まれていない頃(妊娠もしていなかった頃?)に、母の絵として描いた家族みんなで動物園に行っている絵の中に、なぜか存在を知らないはずの妹?らしき子どもを描いていた(私は三人兄弟であるが、三人描いていた)、という記憶がある。保育園時代の絵に関する記憶はおそらくこれくらい。

 

絵を描くのが好きだなと自覚し始めたのは小学生になってからだと思う。無地の「じゆうちょう」に一ページずつ、友達の名前と、おそらくその子の絵を描いたりしていた。みんな同じような顔をしていた気がするが。あと生活の教科書に載っていた鳥の写真を模写したりもしていた気がする。なんでやってたのかよくわからない。小学生になると、少女漫画雑誌を買って読んだりし始めたことで、そういう漫画の絵をまねてよく描くようになった。じゆうちょうに漫画を描いたりもしていた。赤ペン先生を提出してためたポイントで漫画家セットをもらい、つけペンを使ってみるもうまく扱えず、墨でべたべたになった。絵を描くのが好きな友達が数人いて、その人たちとイラスト交換ノートをしたりもした。一緒に雑誌を作ろうとか言ったものの結局実現しなかった、けれど、そのときに「編集長」の肩書を得た友達の電話番号を、私は「編集長★名前」で登録していた。その時描いていた漫画はそういった友達に見せたりしていた。たまごっちブームであった小学生時代、わたしは「くろこっち」にウール(羽毛)を装着させたら完成する「うーるっち」というキャラを主人公にした「うーるまん」という漫画を描いていた。内容は覚えていないけれど、なぜうーるっちを主人公にしたのか、謎である。あと「死神☆救世主(メシア)」という死神の女の子が主人公の漫画も描いていた。ちなみに、救世主と書いてメシアと読むのは友達に借りた「ときめきトゥナイト」から得た知識であった。このように、小学校時代はだいたい本を読むか漫画を読むか絵を描くかしかしていなかった。習い事のようなものも進研ゼミしかしていなかった。4年生から始まるクラブ活動も、二年間まんがえかきクラブだった。

なので小学校の頃、私は漫画家になりたいと思っていた。実際、卒業文集にもそう書いた。今振り返ると、小学校の頃は結構人に絵を見せており、「うまいね」と言われたりしていた。その経験が、今までの自分の「なにかをつくって認められたい欲求」みたいなものにつながっているのかもしれないなと思う部分はある。

中学校に入ると、勉強、そして部活がそれなりに忙しくなり、絵を描く機会が減った。描いていても落書き程度だったと思う。そのころに描いた絵を、思い出そうとしても特に思い浮かぶものがない。美術の時間でピーマンの色面構成を描いたなあとか校外スケッチで山を描いたなあとか、授業の範囲内で描いた絵のことばかり思い浮かぶ。どちらかというとそのころはケータイ小説ブームであり、キャンパスノートに横書きで恋愛小説っぽいモノを友達と回し書きしたり自分で書いたりしていた記憶の方がある。

高校に入ると、帰宅部のちに華道部(活動は週一)であったので、それなりにお絵かきはしていたはずだ。一年次の文化祭のポスターを描いたり、二年次の踏破遠足の旗を描いたり、華道部のチラシ・ポスターを描いたり、そして校誌の挿絵を描いたり。振り返るといろいろ描かせてもらっていたんだなあと思う。絵描き屋という有志の活動にも参加して、2回ほど冊子に絵を出したり。正直今からしたらあんな下手な絵を...という感じで黒歴史ではあるけど。あとは三年次、運動会のブロックTシャツのデザインをさせてもらった。自分でもあのデザインは気に入っていたけれど、みんなが私のデザインした絵が載ってるTシャツを着ていたってのは、今考えてもすごいことだった。図書委員の活動では月一で図書館から発行する広報のプリントを描いたり、ポップを描いたりした。それと私はその頃mixiをやっていたのだが、そこで結構四コマ漫画やお絵かきをアップしたりして、承認欲求を満たされていた。四コマ漫画はわりと描いていたなあ、だいたいオチをつけられないけど。美術の時間もいろいろ描いたけど、寒い中、校内スケッチで渡り廊下を描いた記憶がある。小学校の頃も渡り廊下を描いたことがあるけど、なんか遠近感を感じる構図?あの道の真ん中に立って道の消えていく先を見る構図が好きだった。その校内スケッチを描いていたとき、美術の先生が見回りに来るんだけど、私の絵を見て「やさしい感じがする」と言ってくださったのは覚えてるし、なんか嬉しかった。

おそらく高校生になっても、漫画家になりたいというのは若干まだ思っていた。漫画描いたり全然していなかったくせに。そして美大に行きたいともちょっと思っていた。でも親も先生も微妙な反応で、私はちょっと考えてから、「じぶんのしたいことはそんなガチな美術じゃない」とかいう理由で諦めた。結局、反対されてそれを押し切ってまで目指そうとする情熱がなかった、なにがなんで目指したいと思うまでの気持ちがなかったんだと思う。でもやはりそこで簡単にあきらめてしまった後ろめたさというか、美大行ってるとか専門行ってるとかいう人に対していいなぁと思ったりする反面、複雑な気持ちを勝手に抱いたりしている。そういう人たちほど私には情熱がないことはわかっているけれども。

でも最近になって、やっぱり道を狭めなくてよかったなあと思ったりもしている。方向性を選ぶ余地があるという状況でよかったなあと、やりたいことがころころ変わる性分なので、なおさら思う。

大学生になってからは、本当にたまにしか描いていない。なんていうか、特に描きたいものがないのだ。想像力がない。適当にまず顔をなんとなく描いてみても、この人に何をさせたい、何を着せたいとかが浮かんでこない。

しかし、たまに描くスイッチが入って、描けた時はとても楽しい。一枚の紙に向き合って、下書きをし、ペンを入れ、色塗りをしている間は本当に時間を忘れる。たぶん生活の中で一番集中している時間である。絵を描いて、楽しいと思えると、冗談抜きで、私の生きてる価値はここにあるとたまに思う。ちょっと日々面白くないなと思っても、絵を描いて楽しかったらいいやとなる。そして描いた絵を人に(SNSで)見せたくなる。いいねなんかをもらえると嬉しい。

こうやってみると、絵を描く時間はどんどん減っているけれど、絵を描くことが私の一部にあることの重要さは変わらない気がしてくる。むしろ描かなくなってからのほうが(比較的丁寧に描くようになったのもあるかもしれないが)絵を描くことの楽しさ、重要さに気づけたようながする。

だからこれからも細々と、描いていけたらいいなと思う。自分をアピールする手段としても。単純に人生って楽しいなと思わせてくれる手段としても。うまくなるために練習しなきゃなどと思わず、楽しめればいい、くらいのスタンスで。

好きなものとの付き合い方はいろいろある。好きなことを「頑張らなきゃ」と思うことで気持ちの負担になって遠ざけてしまうくらいなら、ゆるく好きな時に楽しむくらいでいい。

 

これからについては、もう一回自分の描いた絵でTシャツとか作ってみたいなとか同人誌作ってみたいなとか、漠然とただ思ってるだけならいろいろある。あとその前にこのブログの絵も...本当は毎回絵も載せたいと思ってはいる...んだけどな。

 

 

 

 

 

追記

二週くらい更新できていませんでした。実家に帰ったことによる気のたるみとか書くことがなかなが決まらないとかそういうので…。なるべく更新するよう頑張ります。とりあえず定期的に更新する、文章を書くことが目的なので。これ。

 

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