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poco a poco

すこしずつ、頑張ろうってことです。

この世は服と顔

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かわいいは作れる、らしい。でもなんだか、かわいいの作り方がよくわからないまま、今に至ってしまった。きっとかわいいが作れる女の子っていうのは、自分が可愛くなれるファッションやメイクなんかを「研究」しているんだろうな。てか、「研究」ってなんだ?試行錯誤を繰り返すってこと?それにはだいぶお金がかかるんだろうなあ......と、思ってしまったところですでに、自分がやっても続かない気しかしない。

 

自分のファッションについては、たぶんダサいんだなという自覚がある。自分では今日の格好結構良くない?と思いながら友達と遊びに行ったりしても、結局「そんなことないわ...みんなのが可愛いわ...」と幾度か思った記憶がある。そもそも男子ならいざ知らず、女子は基本的にファッション・メイクに興味があるという前提があるべき生き物である。ファッションブランドやアイテムの種類など、与えられている選択肢の数も男子に比べて圧倒的に多いだろう。必然的に女子のファッションはレベルが高くなる。わかりやすくはっきりダサい子、というのがあまりいない。むしろ男子だとおしゃれな人が「あの人おしゃれだなあ」と、いい意味で浮く感じがする。だから全体的なレベルが高い女子の中で、自分はダサいほうなのかもしれない、と思っている。そんなことない日も絶対あると思ってはいるけれど、とりあえずたぶんダサい方という自覚のもと、今回は話を進める。

 

じゃあなんでダサいんだろう?と思ったとき、やっぱり周りほど、というかおしゃれな子ほど、ファッションに興味がないのだという答えに至る。まあ興味がないとは言っても全くないわけではなく、それなりに興味はあるけれど、自分を着飾ることについての興味が安定して持続しないのだ。これはファッションどうこうというより、基本的性格としてその時の気分で生きているみたいなところがあるのでその一部だと思う。それ故、金銭的問題の上でも、着飾ることに対する優先順位が高くない。だから「バイトで稼いだお金は服に消える」みたいなことはまずないし、むしろ洋服代は生活費に入ると思っているので、つまり服を自分のお金で買いたいという気持ちがあまりないので、そんなにお金をかけてもいられない。ていうか服って高い。安いところで買えばまだいいが、一万円握りしめて服屋に行っても、その金額に対して買える枚数が2~3枚くらいである。私みたいにそもそもの服の枚数がそんなに多くなく、かわいい服も多くなく、長いこと着ている服ばかりあるような、ダサい方の人間からすると、少しずつしか洋服ダンスの中身を変えられなくてもどかしい。そんなにすぐ、脱ダサを図れない。でもってそんなにいっぺんに大きなお金を費やす気にもならない。あと単純に服を買うのがうまくないのかもしれない。ある程度限られた数の服の中から合わせてみてください、と言われればまだ組み合わせなどを考えられるかもしれないが、たくさん服があるとその中からどれを買えばいいんだ?どれが必要なんだ?と困惑してしまう。ファッション誌を買って、その中でかわいいと思ったものにチェックをつけて、それを参考にして買いに行ったりしてみた時もあった。でも結局ファッション誌を買うのも今はやめてしまったし、というか買っていた時も、一応買っておくものの読まないまま次の号が出たのを店頭で知ってからようやく前の号を読む、ということをしていたのでいかに興味を持続できない人間であったかわかる。そして問題は、朝起きてパジャマを脱ぎ、服を着る時にもある。「今日は何を着よう♪」なんて思う余裕もなく、とりあえずタンスに残っている服の中から「かろうじてこれとこれだったら合わせてもおかしくないかな...」と思えるものを引っ張り出してとりあえず着たりしている。「今日はこういう合わせ方をしてみよう」と思って服を着ることもあるが、たまにである。やっぱりファッションについてはまず無頓着なのだろうと思う。

そんな私がファッションに興味を持ち始めるのは、どこかのタイミングで「これはやばい。私ダサい。」と突然自覚して焦燥感にかられるときである。そのタイミングは結構唐突に来る。そしてその興味が次第に薄れていき、また唐突に「やばい」と自覚し、興味を持ち、また興味が薄れていく、というサイクルになっている。

あとわたしは「おしゃれを楽しむ」感覚が薄いのかなと思う。たしかに新しく買ったかわいい服を着るときなど「楽しい」と思うことはあるが、おしゃれに対して「めんどくさい」と思う気持ちもわりとある。例えば、「タイツを履くのめんどくさいからズボン系がいいな」とか「サマーニットとか下に何か着ないと透けるやつは下に着るもののことも考えないといけないから面倒だし極力避けたい」とかがある。要は「おしゃれを楽しみたい」よりは、どっちかというと「楽なものを着たい」と思うタイプである。

それと最近思うのだが、「手洗い」表示の服の多さたるや。あれをマジメにたらいなどを使って手洗いしている一人暮らしの大学生はどれほどいるのだろうか。気になる。そしてだいたいかわいい服ほど手洗いの確率が高いので困る。そもそも洗濯機を回すのもそんなに頻繁にできてないのに、手洗いは本当にたまにしかやろうと思わない。枚数が割とあれば時間もそれなりにかかるし、なにより思ったより大変だと思う、あの作業。水を存分に吸ったニットなんかを持ち上げようものなら、日々あまり体を動かさない私は筋肉痛を覚悟する。だからこれからはなるべく手洗い表示でない服を買いたい、と思ったりもしている、最近。

 

以上、だらだら書いてみたけれど、そうやって自分とファッションについてみつめなおしてみたところで結局、だからもっと興味を持とう!とかもっと服を買おう!というような気持ちは特に生まれていない。むしろ最近は部屋が汚いことにイライラしていて、それ故断捨離やミニマリストに興味があって、「服を最小限まで減らしたいスイッチ」が入っている。その流れで「服は本当に要る!っていうもの以外思い切って処分したらいいよ」と友達に言われて「そうか」と思って自分の服について考え直してみたら、案外「これは絶対に要る!」と言えるような服ってあまりないのかなという気がしてきた。やっぱりわりとなあなあで服を着ているのかもしれないと思った。

 

そしてついでにメイクについて言及すると、メイクもたまにアイライナーとかアイシャドウとかマスカラとかちゃんとやろう!と思って買ってみたりするものの、やっぱり少しずつめんどくさくなって最小限ベースメイク+(リップorチークor眉)くらいしかやらなくなる。そうやってやっぱりめんどくさい、という気持ちもあるし、あまり塗りたくりたくない、極力顔に何か塗ってる感を減らしたいという気持ちもある。マニキュアも、わりと買ってたまに塗ったりしていたけれど、塗ってない爪の方がいいなと思うようになって、本当にたまに思いついた時しかやらない。

 

このようにファッションもメイクも、基本的に意識低い系である。「自分を飾り立てなくても、本来の自分で勝負しているのだ」と言えれば聞こえはいいが、そんなことを言うほど自分に自信があるわけでもないし、言ったところで周りのきちんとおしゃれしている女子たちに比べたら結局は劣っている。世の中にかわいい女の子はたくさんいて、みんなそれぞれ自分の好きなもの、自分に似合うものをきっと把握していて、それらをうまく自分の可愛さに取り入れているのだなと思うと単純にすごいなあと思う。私はあまりつけまつげというものを好意的にみていないが、つけまつげをきちんとつけられる女の子はそれだけかわいくなろうと努力しているのだろうし、それを考えると努力も何もしていない私に「つけまあんまり好きじゃない」と言う資格はない。

 

ちなみに友達に「どうやったらおしゃれになれると思う?」と聞いたら、「自分の好きな芸能人のファッション・メイクを基準に考える」との答えをいただいた。その時は好きな芸能人とか特にいなくてどうしようもなかったのだけれど、最近映画をみてから、オードリー・ヘップバーンが好き......いやファッションて、何年代の話よ。あとリリー・コリンズも好き。

 

……とりあえず太眉路線で行こう。

 

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