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poco a poco

すこしずつ、頑張ろうってことです。

すきのはなし

何かを好きになるのにはタイミングがある。

これだけはほんとうにどうしたって自分でコントロールできるものではなくて、出会うタイミングも好きになるタイミングもそれぞれで、その二つのタイミングが一緒の場合もあれば違う場合もある。それはべつに当たり前なことで抗えるわけでもないことは十分承知していても、やっぱり時々理不尽に感じてしまう時がある。

極端なことを言ってしまえば、小さい頃から周りの大人に連れられて観劇したりして宝塚の魅力に早々とハマった少女たちしか宝塚を目指せないのではないかとか考える。随分大人になってから宝塚にハマって、わたしも宝塚に入りたかったと思ってもそれはもう今更の話、残された道は自分の子供にその夢を託す、くらいしかないのではないか。まあこれは極端な想像の例にすぎないけれども。

あるアイドルグループのファンになることについても、人それぞれそのアイドルに出会ったタイミング、好きになったタイミングは違うし、ましてやこの世に誕生したタイミングすら違うのに、「古参」だの「新規」だので区分したがる(あのドラマ以前、以降など明確な区分がある場合もあるらしい)界隈が存在したりする。ちなみに私は「新規」の側の方なのだが、「○○のファンはもうこれ以上増えなくていい」とか「また新規増えたらチケット当たらなくなる最悪」とかいうツイートを見かけると複雑な気持ちになった。まあすべてのファンがこうだというわけではなく、むしろ自分の推しのアイドルのファンが増えることを喜ばしく思う人もいるし、逆に古参の方だと新規には新規の見え方があることを羨ましいと感じている人もいるようである。でもやっぱり、「新規が~」とか言っているのを見かけると「んなこと言ったってこのタイミングでしかちゃんと好きになれなかったんだから仕方ないだろーが!」とわたしは内心反発していた。というほど熱心に今はファンやっているわけではないですが。ゆるくやってます。まあでも自分も好きになってしまうと、そのあとから好きになる人たちに対しての嫉妬が湧き出てくるのもわからんでもないが。

と、なんとなくタイミングの話をしてみたけれど、まあ別にその話がしたかったわけではなく。

 

アイドルでもバンドでも何でもいいけど、どこかのタイミングで好きになる。テレビで観たとかタワレコで試聴したとかYouTubeで観たとか、その出会い方はいろいろある。なんかいいなぁ気になるなぁと思ったら、とりあえず最初に気に入った曲が入っているアルバムを借りてみたりする。で、そのアルバムの中のうち、最初に気に入った曲を主に聴き始める。そうしたらトラック順でその次の曲もいいじゃんとなればさらに繰り返し聴くようになって、そのアルバム全体を好きになる。(この段階まで行くとむしろ最初に主に聴いてたメジャー曲よりアルバムにしか収録されてないようなマイナーな曲の方が好きになっていたりする。最悪、メジャー曲は飛ばして聴いたりする。メジャー曲は最初の方に結構繰り返し聴いてたからすでに飽きてる。)そしてこのアーティスト好きだな、と思って他の既出のアルバムを借りてきて聴く。そしてそれらも好きになる。ここまで来たら相当好きのレベルは上がってきている。数日はそのアーティストばかりリピートする日々が続くかもしれない。

ここまで好きなものができると純粋に嬉しい。Twitterのプロフィール画面でも堂々と、2本の半角スラッシュで区切った中にその名前を入れられる。これでアイデンティティが一つ増えたような気分になる。

 

でもそこで、そのアーティストの新譜発売決定!のニュースが飛び込んでくる。

もちろん嬉しい。まだ中身がどういうものか知らないけどすでに買いたい、と思う。初回盤と通常版の仕様はどうなっているか、タワレコTSUTAYAHMVの購入特典がどういうものになるかによってどこで買うか決めよう、もしかしたらこのCDを引っ提げたツアーの開催が決定してそのシリアルナンバーが封入されるかもしれない、などどいろいろな思案も出てくる。

 

でも肝心の中身はどうなのだろう、という不安が少し生じたりする。これだけ好きになったアーティストだけど、今までのアルバムはほぼ良かったし次の新曲だって期待はしているけど、どうなんだろう、私はそれをきちんと愛せるのだろうか。

新しいものを生み出していくということは基本的に進化していくことだろうし、その進化を私は受け入れられるのだろうか。みたいな不安というか多少の怖さがあったりする。もし「なんか違うな、イマイチだなー」と思ってしまったら、そんな自分がいることがまず悲しくなるだろうって先にわかっている。

もちろん好きな人たちが生み出すものでも好みにそぐわないものはあるだろうし、好きは思いこんだりするものでもないし、それはわかっているけれども。

生み出している、提供しているのは同じその人たちでも、私が好きになった時点から以前までのその人たちとは違うその人たちが出てくるから、今回もちゃんと好きって思えるだろうかと不安になる。好きって感情に固執しすぎなのか。

嫌いって感情に比べて好きって感情は揺るぎやすいものだと思っているので、好きって感情に不安になりやすいところはたぶんある。「これはきちんと好きって言える好きなのか?」って感じで確信を求めたくなってしまう。

だからたぶん、好きって熱がだいぶピークに来ている時こそ不安になるのかもしれないなと思う。それ以前に少しずつ冷めてきていたらそこまでまず期待しないし。好きだ!ってなってるときこそ期待してしまうし、この好きを失くしたくない!って思うから不安になるのかなあと。

まあでも毎回いちいち不安になったりしているというわけでもないんだけど、たまに。純粋に「新曲!楽しみ!」「MV解禁!っしゃ聴こう!」ぽちーってなるときもあります。いやそっちが基本か。

 

でも「好きなものだからどんなのでも好き!最高!正義!」って感じは好きではなくて、いや普通に全部好きって思ったんならそれでいいけど、好きなものだから好きって思いこむとかそういうのは結局惰性の好きになってしまいそうだし、客観的に見たらおかしいことでも好きな人がしてるからおかしくない!正義!みたいなのはもっと良くない。例えば某バンドがライブハウス外で音漏れ聴いてたファンを中に入れてあげた→なんて優しい!さすが!みたいなのはおかしい。

 

わたしは、好きなものだからこそきちんと評価できる人がいいなと思う。この曲は好きだけどこの曲はちょっとね、とか思ったことを言える人の方が自分の感情に正直で良い。正直になりたい。

 

まあなんだかんだ不安になったりしても、結局「新曲いいじゃん!」ってなることの方が多いんじゃないかという気はするけどな。

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